炊飯器 黒咲冬樹
中学校からの帰り道、夕焼けに染まり始めた公園に見慣れない女の子がいた。何でか炊飯器の前に座り込んでいる。
その女の子は無表情な顔をしているものの、大きめの瞳なんかがとてもかわいい。長い黒髪が大人びて見えるけど歳は十歳かそこらだと思う。
おままごとをしているのだろうか。でもそんな年齢でもなさそうだし、それに一人で?
僕は純粋な好奇心と少しの下心から声をかけた。
「ねえ、君、何してるの?」
女の子は振り向きもしなかった。でもぽつりと答えた。
「炊いてるの」
耳によく残る、綺麗だけどちょっと不思議な感じのする声だった。
「ごはんを炊いてるの?」
「違う」
「え、じゃあ何を?」
「おにいちゃん」
――――。
面食らってしまった。
「……えーと、おにいちゃんを?」
その時ピーと炊飯器から電子音。
「炊けた」
その子は炊飯器をパカリと開けた。
湯気が湧き上がる。中には、ほかほかの臓物、かと思いきや、炊きたての白いごはんが詰まっていた。
「なんだ、やっぱりごはんじゃない」
「違うよ。これは、おにいちゃん」
そう言って、その子は茶碗にごはんを盛り、もくもくと食べ始めた。僕は狐につままれたような顔をしてそれを見ていた。おかしなことが多すぎて何も言えないでいる。
「ねえ、おにいちゃん」
その子は二杯目のごはんを食べ終えると首をくるりと回して言った。目がばっちり合う。
今のは炊飯器の中のものを指して言ったのではないらしい。まっすぐこちらを見て言ったから多分そうだ。その子は僕のことを「おにいちゃん」と呼んだのである。年上の男性のことはみなそう呼んでいるのだろうか。
「な、なに?」
不安な気分になってきたからか、言い淀んでしまった。でもそんなのはお構いなしにその子は言う。
「おにいちゃんも、炊いてほしい?」
相変わらずその顔に表情は無い。
答えられないでいる僕にその子は続ける。
「おにいちゃんも、食べてほしい?」
じっとその黒くて大きい目で見つめられる。暗闇を湛えたような瞳で、見ていると吸い込まれそうな心地がする。あるいは、こっちの頭の中にまでその黒が入り込んでくるような。
「えと……あの、僕は」
何故かはわからない。一瞬でも気が狂ったのかもしれない。何か悪いものに魅入られたのかもしれない。ただ、僕はその小さな口で咀嚼され、お腹で愛でられるように融かされこの女の子の一部になるということに、不思議な憧れを抱いて――
その時確かに、僕は、首を縦に振りかけたのだ。
けどその直前、何処かのカラスがかあと鳴いた。
急に我に返る。理性と常識を取り戻す。
「あ、いや……遠慮しとくよ」
「そう」
そしてまたその子はもくもくとごはんを食べ始めた。小さい体なのによく食べる、というレベルじゃない。
いろいろ釈然としないことが多すぎた。女の子はごはんを全て平らげると、炊飯器を手に抱えて何処かへ行ってしまった。
一人になってから気付く。初見で気付いてもいいようなことだったけど、何故か今思い至る。
……あのコードの無い炊飯器は、一体何の力によって動いていたのだろうか。
カラスが鳴きながら西の空へ飛び立っていく。
ある逢魔が時の出来事だった。
余談だが、その日から近隣に住む青年が一人行方不明になっているらしい。
『celaborate!5.5 装丁SHURABA』より転載
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