傍らの君は頑なにパフェを拒む


斑鳩古都



ガスト筑波学園店にて


スプーン越しに得られる感触は言いようのない高揚感を僕に与える。
掬い上げる動きは慎重かつ大胆に。それを口元へ運ぶことにはもはや何の躊躇 いも迷いも無い。のだが、
「…………」
流石に正面から浴びせられる視線に耐えきれる筈もなく、僕はプリンを食すと いう神聖な行為を中断するはめになった。
「何、そんなに僕がパフェを食べるのがおかしい?」
「別に」
そう言うと、彼女――僕の正面に座る少女――は視線を自らの持つ初期型のPSP へと戻す。PSPから伸びるイヤフォンは左耳だけが彼女の可愛らしい耳に納ま っているが、もう片方はぶらりとぶら下がったままだ。つまり何だ、一旦視線を 自分の元に戻しておいて、でも片方の耳は僕からの言葉を待っていると。それは 見方によれば構って欲しくないようでいて、ある意味では構ってほしいともとれ る。
僕はスプーンを丁寧にパフェの脇に置いた。代わりにと言っては何だが、折角ド リンクバーを頼んでいたのでストローに口をつける。彼女の分も頼んであるのだ が、一向に飲む様子が無い。一応、お礼のつもりなんだが。
「それで、何の話だったっけ?」
「あきれた。お前が忘れてどうするんだ馬鹿」
視線は画面をじっとみつめたまま、彼女は答える。真っ白なぶかぶかのパーカ ーに擦り切れたジーンズという飾り気の無い服装。そのフードを被り、一心不乱 にPSPでPCから落としたB級ホラー映画を観賞している。だが、そのパーカ ーから覗くのは愛らしい顔に、真っ白の髪。曰く、ノリで脱色し過ぎたというこ と。黙っている分には可愛らしいお嬢さんなのだが、しかし、
「そうだ、思いだした」
「ふん、しっかりしろ馬鹿」
何にせよ口が悪い。
「きのこの山とたけのこの里論争ってあるじゃない? それぞれどっちだったか って話だよね」
「……またそんなくだらないことをお前は蒸し返して」
「くだらなくはないよ。少なくとも、その二つの派閥に分かれて論争しあう人々 にとっては、ね」
彼女は画面を見たままだ。
「おいしさが違う――そう感じてしまうのには原因があると思うんだ」
「……各人の好みとは違うのか?」
「たぶん」
彼女が反応を示した。ここぞとばかりに僕は話題を展開させる。
「考えてもみてよ。冷静に見れば特に原材料に違いがあるわけでもない。赤いき つねと緑のたぬきの違いとはまた異なるんだよ。カテゴリーミステイクってやつ」
「使い方が微妙に違うしウザったい。だいたい言おうとしてることは分かる。で? お前は何が言いたいんだ」
「おいしさの違いってものは商品そのものの名前やイメージがもたらしているだ けで、絶対的なおいしさなんて無いんじゃないかなって話だよ」
「味覚なんて捉え方だって言いたいのかお前は」
「いや、そうは言ってないよ。辛いものは辛いし、甘いものは甘い。でも、そう 言った大雑把な違いは明らかにしても、微妙な味の違いなんてその食品に付けら れた付加価値に左右されるんじゃないかってことだよ」
彼女は眉をひそめる。
「おかしい。辛さや甘さというものは食品そのものが保有するものと見ているの に、イメージに左右されるって」
「揚げ足を取るなよ。それは僕の言い方が悪かった」
一息。
「捉え方次第で変わるものもあるってことが言いたいだけなんだ。視点の切り替 え、とはまた違うのかな? あれ? 良く考えれば僕の論ってそもそも論になっ てない? あるぇ……?」
「お前が悩んでどうする」
馬鹿が、と彼女は呟く。
「そもそも論点がズレている。お前は結局どっちが好きなんだ?」
「僕? 僕はそうだね。どっちかっていえばきのこ派かな。何かさ、あのチョコ のバランスが好き」
一瞬、彼女が僕の顔を盗み見る。が、すぐに視線は画面へと戻されてしまった。
「どうして、お前にしろ誰にしろ、そうやって二つのことのどっちがいいのかど うかってので熱くなれるんだ」
熱くって、別に僕はそこまで熱いわけじゃないけど。
「まぁ、分かりやすいからね。二つに一つ。ブラック・オア・ホワイト、デッド・ オア・アライブみたいで」
「何でもかんでもそう捉えるのが便利だからって、そういう考え方にばかり染ま ってしまうのはどうなんだ?」
「どう、って。まぁ、楽しけりゃいいんじゃないかな」
「違う。私が言ってるのはもっと一般的な話のことだ」
「そうだね。考え方の一つとして捉えて置くぐらいがいいのかも知れないね」< br /> それでも、と僕は言葉を紡ぐ。
「きのこたけのこ論争には何か特別な力が働いてるような気がするけどね。何か、 こう、話さずにはいられない永遠のテーゼって感じが」
「くだらない」
そして再び沈黙。彼女の瞳が動くのが見える。画面の中で動きがあったようだ。 食い入るように見ている。
という僕はというと再びパフェに向き直る。そう言えばアイスの部分が溶けて しまうではないか。急がねば。
と、
「ねぇ」
思い出したように彼女に話しかけた。
「何?」
「聞きそびれたんだけど。ちなみに君はきのこの山とたけのこの里さ、どっちが 好き?」
途端に、彼女は僕の方を見る。視線が交錯し、ガラス細工のような透き通った 瞳に僕は目を奪われる。
「……聞きたい?」
「まぁ、ここまで引っ張ったんだから」
そう言うと彼女はぼそりと、だが満足げに呟いた。
「コアラのマーチ」
あぁ、二項対立嫌いなのね。









ビッグボーイ・つくば天久保店にて


店内に入るや否や、
「サラダバー一つ」
とだけ告げて、ふんぞり返る客ってのを僕は知らない――目の前のこいつ以外を。
「ん? なんだ?」
僕の視線に気がついたのか、上目遣いとは程遠い目線を返す。その、眉をひそ め睨みつけるのは止めて欲しかったり。
「いや、何でもないよ」
「……」
無言でPSPに向き直る。最近のトレンドはジャパニーズホラーの様だ。眼は 画面に釘づけのまま、片手で器用にスプーンを使っている。さっきから口にして いるのはスイートコーン。しゃくしゃくと咀嚼する音がする。
僕はそれを横目に抹茶寒天を頬張る。うむ、やはり和風パフェも捨てがたい。 などと感慨に耽りながら突然、僕はただの興味本位で彼女へと問うた。
「ねぇ、どうしてメニューも見ずにサラダバーを頼むの?」
「……いけないのか?」
「いけないって訳じゃないけどさ、ほら、せっかくのビッグボーイなんだからハ ンバーグとかさ」
「お前が言えた義理か馬鹿」
いや、ファミレスでパフェは許されるでしょ、とは言わない。揚げ足をとられ るのはゴメンだ。
「それにしてもさ、メニューを見ないってどうなのさ?」
「私はビッグボーイはサラダを食べる所って決めてるんだ。サラダが食べたくて ここまで来たのにその選択にゴチャゴチャ言われる筋合いはない。そうじゃなき ゃどうして私がこんな遠くまで来なきゃいけないんだ」
「それに関しては済まないとは思ってるよ」
彼女のアパートは二の宮にある。僕の都合で呼びつけてしまったお礼ついでな のだが、それにしたって二の宮に住むとか、こんな遠くまで、だなんて大学に行 く気が無いとしか思えない挙動と発言だ。
「でも、メニューを見ないのはどうかと思うんだ」
「そんなの人の勝手だろうが」
「いや、もしメニューが変わってたらどうするんだ?」
「そんなことを言ったらきりがないぞ馬鹿。もし東京に遊びに行こうとしたとす る。お前が言ってるのは秋葉原についたら必ずマップを確認しろと言ってるよう なものだ。もし秋葉原の地理を熟知していたならばマップを見る必要はない。私 はヨドバシに行きたいだけだというにお前はそれを強制するのか? しかも、」
一息を置き、
「メニューが変わっていたらなどと可能性の話にすること自体が筋違いだ。店が 潰れていたらだの、改装工事中だったらだのとそんなこと分かるわけが無いだろ うが」
ましてや東京が突然の震災で壊滅してる可能性もお前は考慮しての発言なのか、 と彼女は呟く。
「あのね、別に僕は君と言い争いたくて言ってるわけじゃないんだよ」
「じゃあ何なんだ」
片耳だけ外されたイヤフォンからは女性のヒステリックな叫び声がかすかに漏 れている。
「そうだね……。確かに、君はサラダバーが食べたくてここを選んだのかも知れな い。それについて僕は何も意見を挟むことはしないさ。それにしたって、その行 為は君の選択の余地を削ってしまってるんじゃないか? その、勿体ないだろ?」
「何が勿体ないって?」
「だって、サラダバーだけあればいいと君は言うが、もしかしたら他にも君の欲 求を満たせるだけのメニューが存在するかもしれないだろう? それに、」
僕はスプーンでクリームの付着したわらび餅を掬い上げて、
「新しいものに出会えた時の喜びってのは格別だろう?」
口に含んだ。
彼女は突然、PSPの横についたつまみを軽く上にあげる。スリープモードだ。

「理解できない。私は今の状況に満足してるんだ。その上、なんで世界を広げな くちゃいけない? 知ってるか? 石原莞爾は戦後、戦争責任の話でソ連が日露 戦争を持ち出して来た時にペリーを連れて来いと言ったそうだ。日本が鎖国して たのそれをこじ開けたペリーがいなけりゃ、日本もこんなことにはならなかった と」
「でも、開国しなきゃ得られないことだって沢山あっただろ?」
「それは詭弁だ馬鹿。親切って名の押し付けは単なる迷惑にしかならない。私が これで良いって言ってるんだ、ほっといてくれ」
「でも、僕自身の存在は日々更新されてるんだ。自らを上から塗りつぶしていく 作業。それって自分を否定することでもあるし、自分の空白を認めることでもあ るんだけど、僕はそれでいいと思ってる。新しい自分、って何かカッコイイだろ? 」
馬鹿、と一蹴された。
「必ずしもいい方に修正されるとは限らない。自分の限界を知る、現実を直視す る、夢を諦める。そういった意味で新しい世界を知るかも知れないんだぞ。それ でもお前はメニューを見ろと?」
「う〜ん、そう言われるとそうなんだけど」
僕は正面の彼女を見つめる。パーカーから一筋の白髪がさらりと覗いた。
「それでも僕は新たな喜びを知るって喜びを優先したいな」
しばらくの沈黙。彼女はじっと僕の顔を見ていたがやがて、カチリとつまみを 弾く音。
片耳だけ外されたイヤフォンからは再び女性の叫び声。どうやらジャパニーズ ホラーの中でも絶叫シーンだけを抽出したMADの様だ。折角のジャパニーズホ ラーが台無しとか思ってみたり。
まぁ、そんな彼女が彼女らしいって言うのかも知れない。
「それにしてもさ、店員が『何名様ですか?』って言ってるのに『サラダバー一 つ』って受け答えは違うと思うんだ。せめて席に着こうよ」
「別にいいだろ馬鹿」
「馬鹿って、別にサラダバーでも良いけどさ、席について形だけでいいからメニ ュー開いた上でサラダバーって言ってくれた方が良かったのに」
店員の機嫌を損ねたのか、少しだけ僕のパフェのあんみつが少ない気がする。 気のせいかもしれないけど。
「……型にはまったってのが嫌いなんだ」
「いや、まぁ、それにしたってさ」
「うるさい馬鹿」
罵倒されてしまった。
大人しくパフェをつつくことにする。
渋みや苦みがほのかに口の中に広がり、黒蜜の甘い香りに鼻腔がくすぐられる。 うん、これは美味い。
と、僕が目の前のパフェの虜になっているのも構わず、
「おい馬鹿」
目の前の彼女が声を掛けて来た。
「……ねぇ、人の事を馬鹿って言うのさ、止めない?」
「大学に行かない引きこもりに期末試験の勉強を教えてもらうようなダメ学生の ことを世間は何て言うんだ馬鹿」
「すいません……」
とりあえず頭を下げておく。いや、さっきのは本当のことだし。
彼女はそんな僕に構うこと無く、
「ん」
右手でサラダ用の皿を僕に差し出す。中は空っぽだ。
「えっと」
「ん」
「……入れて来い、と?」
「スイートコーン山盛り」
頷くしかない、よね?
「分かったよ。入れて来る」
僕は名残惜しくパフェから視線を小皿へと移す。立ちあがり、取りに行こうと したのだが――
「ねぇ」
彼女に少し尋ねてみた。
「さっきの話じゃないんだけど。もしも、今僕が取りに行ったらスイートコーン が丁度無かった。そうしたら君はどうする?」
少し思案した風に僕を眺めると、
「お前が店員に足してくれる様に頼んでくれる、に一票」
にやり、と笑った。









ココス テクノパーク桜店にて


沈黙という名の気まずさを、僕はごまかせないままでいた。先ほど注文したパ フェさえ届いていれば、こんなに居心地の悪い状況にはならないのに。
前を見る。
彼女が居る。
ジャパニーズホラーのMADのブームが過ぎたのかどうかは僕には分からない。 ただ、無感動な目が画面だけを見つめている。画面だけを。
「注文、遅いね」
無言。
言葉が、無い。
先ほどから僕が振る話題はことごとく彼女のお気に召さないようだ。僕は何か したのか?
「そっか、注文したのって僕だけだもんね。ほ、ほら、君も何か頼む? メニュ ーならここに――」
「――いい」
実際には数分に過ぎない。だが、何十分何時間もの間、聞いていなかったかの ような錯覚を覚えながら、僕は彼女の声を脳内で反芻させる。それは余りにも拒 絶の意が込められているものだった。
「ねぇ、ご飯食べない?」
「……」
「ねぇ」
「うるさい」
一蹴された。
僕が何も会話の糸口を見いだせないままいると、女性店員さんがタイミングよ くパフェを持ってきてくれた。
「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
伝票を置いて立ち去る際の決まり文句。だが、僕は無意識的に言葉を発してい た。
「その、追加をお願いしてもいいですか?」
「あ、はい少々お待ちく」
「いえ、いりません」
凛とした声が店員の動きを制す。
「……いいです、と言ったのですが?」
「え、はい、では失礼します」
萎縮して下がる。その元凶は僕の正面に座っている。
「……あんな言い方ないだろ」
「うるさい馬鹿。お前、いらんことするな」
「いらんことって、僕はお腹が減ったから、その、追加の注文を、」
「嘘」
思わずたじろぐ。
「お前みたいな馬鹿がそんなスイーツを目の前にして別のもの注文できるか馬鹿。 私はいらないって言ってるの。余計なことしないで」
「余計って、何だよ。別にいいだろ。君、最近きちんとご飯食べてないだろ?  折角ファミレスに来たんだ。ご飯ぐらい食べたっていいじゃないか」
「何だ、また意見の押し付けか? 他人には他人の領分ってのがあるんだ。そこ を侵食することを親切なことだと勘違いしてるって何度言えば分かるんだ馬鹿」
「そりゃ、今のはお節介だったかも知れないよ。でも、自分勝手なのはそっちも じゃないか」
「何がだ」
「ずっと自分の殻の中ばかりに籠ってて。今だってそうやってずっと何かやって る。目の前に居るのは僕なんだ。そっちが僕の勝手な行動を咎める権利があるな ら、僕にだってそれを取り上げる権利はあるんじゃないか?」
舌打ちが一つ。彼女はPSPをテーブルに置く。真新しい外装に、僕はまだ慣 れない。
「……電池が切れた」
「嘘だ。そうやって都合のいいように」
「違う。そうやって人を疑ってばかり」
彼女の射る様な眼光を正面に受ける。が、ひるまない。
「一体、何に君は苛立ってるの?」
「別にいいだろ」
「少しは言ってくれてもいいじゃないか。僕らは――」
「何だ?」
ひそめられた眉。
「何を言おうとしたんだお前」
「いや、別に……ただ、」
「そう私達は、ただの同じ学類の同級生だろ。それ以上のそれ以下でもない。別 にいいだろ、私のことなんて」
構うなよ、と彼女は呟く。
分からない。彼女の気持ちが。
「それにお前はなんだ。他人に食生活について指摘をする前に自分を見てみろ馬 鹿」
「な、いいじゃないか甘いもの。君は嫌いなのか?」
「あぁ、パフェなんて嫌いだね」
虫唾が走る、と唇が動いた気がした。
「そしてそんなものを食べることに喜びを見出すやつが嫌いだよ。喜んで食べる くせに、太るだの太らないだのと。馬鹿だ馬鹿。自分が好きなことなら一貫して それに従えばいいのに」
「……君は――」
と、口を噤む。僕は一体、彼女に何を言いたいんだろう。何を伝えたいんだろ う。
ふと、彼女は僕から眼を逸らす。
「と、お前なんかに私の考えなんて理解できないだろうな」
「わ、分かるさ。その、いずれは」
「説得力が無いな。相互理解相互理解などと世間では言うが、極論でいえばそん なもの不可能だ。無理なんだよ馬鹿」
「分からないじゃないか。いつまでも会話が成立しなかったりしても、相手の立 場に立った視点ってのがあるかないかじゃ全然違うよ。可能性で言えば0じゃな い。0じゃないから不可能じゃない」
「可能性の話じゃないんだよ。私が言ってるのは必要性の話だ馬鹿」
「必要性?」
「そもそも私とお前が理解し合う必要性があるのかないのか――それだけだ」
そう言うと、彼女は立ちあがった。パーカーから覗く白髪が照明に照らされて 揺れる。
「どこに行くんだよ」
「必要性。もう、お前と無意味な会話をする意義が見つからない」
「待ってよ」
手を伸ばす。でも、それが彼女を掴むことはない。
身を翻した彼女は最後に振り返ってこう言った。
「私に構うな」
そう言った彼女の顔。それは、僕がはじめて見る寂しさを宿していた。
「そ、それでも僕が君に会いたいと言ったら……?」
初めは驚愕。それが思案を生み、躊躇へと至り、猜疑を交え、最後に哀しみを 表情に宿したまま、彼女は振り返らずに店内を後にした。


残されたテーブルで溶けかかったチョコブラウニーを食べていると、隅っこに 忘れられ放置されたPSPがあった。
何気なしに電源を入れようとすると、動かない。
電池が、切れていた。









マクドナルドつくば学園店にて


妙に落ち着かないと思ったら、あまり来ない場所だからだと気がついた。とり あえずそういうことにしておく。
「あのクリームとか全くけしからん。フレークが大量に入っているのもかさを増 そうとしている魂胆が見え見えで嫌いだ。原価が知れるってもんだと思わないか? 」
外から聞こえてくる子供たちの無邪気な声。そうか、ここは外で遊べるのか。
「別に私は原価の安さについて言っているわけじゃない。そんなことを言えばど の店のどのメニューも利益を上げるための努力をしている。私が言いたいのは如 何にも媚びてるとしか思えないほどふんだんにデコレーションされてるってあの 根性が気に食わない」
「……目で見て楽しむってあるよね?」
む、と彼女は口を尖らせる。
「チャラついてるんだアレは。無駄の無い味ってのが私は好きなんだ。それに値 段は関係無い。例えばコンビニなんかで売ってるありふれたクッキー。飾り気は 無いが、あぁいった素朴な良さに勝るものは無いと考える」
「……そう言ったらファミレスのデザートの盛りつけは店員さんが工夫を凝らして るんだよ」
今度はジトリ、と睨まれた。
「製作過程のことを言ってるんじゃない。あぁ確かに工場で大量生産大量出荷だ よ。でも、そこに言及するのは筋違いだ。お前は手作りのお菓子と店で売ってい るお菓子を比較するのか?」
「いや、それは違う。金儲けの為の商品と、誰かに渡すためのプレゼントじゃ価 値が違ってくるから」
「かと言ってどちらが優れているかなんて比較なんて出来ない。だろう?」
今度は黙るのは僕の番。
手作りクッキーを否定してかかれば使用用途の相違から揚げ足を取られるだろ う。
コンビニのクッキーを否定してかかれば、資本主義に則って生活しているのに それを否定するという矛盾の観点からぼこぼこにされるだろう。
ここは黙っておくのが正しい。
「とにかく、私はパフェなるものが嫌いだ」
そう言うと彼女はプラスティック樹脂のスプーンを口に運ぶ。
その姿にあまりにも違和感を得た僕は堪らず、
「ねぇ」
「何だ」
「マックフルーリーはいいの?」
目の前で甘いものを食べる彼女に問いを発した。
何が何だか分からない様に彼女は静止する。
まず、右手。持っているのはアイスクリームを掬い上げるスプーン。
続いて、左手。赤を基調にMをかたどった黄色いロゴがまぶしい紙コップ。< br /> 「……いや、普通に美味いだろ」
「おかしいでしょ、普通に考えれば。スイーツを否定しといてここでマックフル ーリーをぱくついてるだなんて」
「何だ、何もおかしくなんかないだろう」
そう言うと彼女は溶けかかったバニラアイスをきれいに掬い取って舌で綺麗に 舐めとる。ピンク色の唇がオレオクッキーの欠片を啄ばむのが妙に艶めかしい。
僕は何だか直視できなくて目を逸らす。
「このアイスクリームにオレオやキットカットのみという無駄の無い感じ。機能 を追求した容器。いつでもどこでも食べられるお手軽感。機能美という観点で見 ればファーストフードチェーン店ほど心憎いものは他には無いぞ」
「さいですか」
無表情ながらもスプーンを縦横無尽に使いこなし、マックフルーリーを堪能し ている彼女。その肘の脇には、PSPが置いてある。僕が返したものだ。
見るでもなく、置いてある。
それだけがこの違和感を生んでいるわけでは無い。店内に漂う肉と揚げ物の香 り。飛び交う店員と客の声。はしゃぎ戯れる子供たち。そんな日曜の午後。
もう、春の日は目の前に来ている。
「……季節を感じるだなんて、らしくないかな」
「何か言ったか?」
「いや、何も。色々飲みこんでから喋ろうか」
あ、怒った。
「子供扱いするな馬鹿」
「いや、別にそういうわけじゃないんだけど」
「じゃあ何だ馬鹿。今、私は、フルーリーを堪能しているんだ。ぶつぶつ変なこ とを口走って私の邪魔をしないでくれるか馬鹿」
放っておいてくれ。彼女はそう言ってアイスを口にする。
でも、そんな言葉に騙されない。彼女が一体何を思っていて何を望んでいるの か。この前、僕はそれを知った。
充電されたPSP。それは彼女の傍らに。
アイスを食べる彼女。それは僕の傍らに。
「何だ? まだ何か言うつもりか?」
「いや、何でもないよ」
「……顔」
「え、何」
「気持ち悪い。笑うな馬鹿」
顔を背けてしまう彼女。窓から注ぎ込む光が彼女を照らした。
あぁ、そうか。
何が違和感なのかようやく分かった。
「いや、いつもと違うからさ」
「……何がだ」
「ワンピース」
彼女がこちらを一瞥する。
着ているのはいつものパーカーでは無い。
白を基調に桃色の水玉がよく映える。袖や裾のフリルは控えめながら自己主張 に余念が無い。カラージーンズとパンプスの組み合わせが程よい調和を保ってい る。
そして、今日はフードが無い。
確認するがPSPは置いたまま。
髪を隠すものも、無関心を装うものも何も無い。
「別にいいだろ」
そっぽを向く。
「……今日はそういう気分だったんだ」
そう言うと、彼女は最後のフルーリーを口へと押し込んだ。
「ねぇ」
「何だ」
「本当は甘い物全般が好きなんじゃないの?」
沈黙。
それが意味するもの、今の僕なら分かる。
「違うと言ったら?」
「僕はそうは思わない」
一拍置いて、
「隠す必要は無いと思う」
彼女自身を見て言った。その髪も何もかも、心に焼きつけるようにして。
「……そうだな」
浮かぶ表情は柔らかい。
ふと、胸が痛んだ。
「……ごめん」
「何か言ったか?」
「い、いや、何でもない」
呟きは聞こえていなかったようでほっとする。
と、突然、
「そこでなんだが」
彼女が僕に話しかける。
「何?」
「……物足りない」
「え、まだ食べるの?」
「何だ、文句があるのか」
「いや、別に……」
何だよ、やっぱり好きじゃないか、とは言わない。
「で、」
「何だ」
「素直になる気は無いの?」
僕の言葉に対して、
「私はまだマックフルーリー(これ)でいい」
そう言って五〇〇円玉を僕に放り投げた。
その顔が一番素直だったのはここだけの秘密。




了。





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