オチル。オチル。
風の膜を突っ切って。雨のように。ただ一直線。
口から心臓が飛び出しそう。足下に空。頭上にも空。延々と、廻るループの中にいるのか。
――あぁ。私、落ちてる
呟く声は、風の轟音に飲み込まれる。
見渡す世界は夜明け前の淡い青。私の好きな色。溶けてしまいたいくらいにキレイだ。
でも落ちる現象はそれを許してくれない。
圧倒的な落下速度は、私と青を引き離す。
――どうして。真っ白のままは、イヤ
言いようのない不安に襲われる。
白。
それは空虚。
何も描かれてない、画用紙のよう。
そう。
それなら、私に描いて。
綺麗な色を。
夜明けを告げる太陽が昇る。
全身を、焦がすような曙光が照らす。
世界を一変させる強い光。
反射で目を瞑る。
そして目を開く。
光から染み出した沢山の色が、私を包んでいる。
それらは体の表面を滑るように撫でて、私を染めていく。
――キレイ。
私の白い部分は無くなって、色に彩られていく。
心地よかった。
その心地よさにどれほどの間身を任せたのか――
世界は黒の夜になっていて、私は色に塗り潰されていた。
――あ。
落下が止まる。
世界が歪み、五感が戻ってくる。
夢と現実が混じり合って。
意識は急速に覚醒へと向かう――
彼女は目を覚ました。
ゆっくりとベッドから上体を起こし、深呼吸をする。視線だけを時計に向ける。まだ早朝の五時だ。
カーテン越しの外は暗い。まだ夜は明けていないのだろう。ここはマンション十二階だから、太陽が出ているのならすぐに分かる。
毛布から足をだして、ベッドに腰掛ける。起きたての思考には霞がかったような感じ。立ち上がって伸びをすると、軽い立ち眩みをおこした。それが落ち着くと、寝室を出て、正面にある洗面所に向う。
蛇口を捻り、冷たい水で顔を洗って歯を磨く。段々と自分の思考がクリアになっていく。昔は好きだったこの感覚は、最早錆びついた朝のルーチンワークに成り下がった。
リビングに入り、テーブルの上にあったマイルドセブンを一本咥える。窓のほうへからだを向ける。
もうカーテンの向こうは白み始めていた。
裸足のままベランダに出る。まだ少し青みがかっている景色が彼女を出迎え、彼女は挨拶代わりに百円ライターで煙草に火を点ける。朝の新鮮な空気と、煙草の濁った煙が、肺の中で混ざり合う。朝と夜が混在する世界で、彼女は今朝の夢のことを思い出そうとしていた。
あんまり思い出せない。
どうってことない夢なんだろう。
でも少し懐かしくて。
ちょっぴり悲しいような。
そんな感じ。
気付かぬ内に彼女はその頬を、一筋の涙で濡らす。
それは夜明けを告げる太陽を反射して、キラキラと、輝きを放っていた――
作者:吉田虚満
平成21年度作
初出:celaborate!5.5 装丁SHURABA
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