ドミノがきたりて人が死ぬ

田中田 圭士     


「キョン! AVを撮るわよ!」
 たとえば。
 たとえばここに一億円。重箱の隅をつつくほどパンパンに一億円を詰めたアタッシュケースがあったらどうする。
「これを一回だけ好きに使ってもいいですよ」
 そういうゲイツな気まぐれがあったとしよう。
 おれの選択はこうだ。
 おれは何も言わずおもむろに立ち上がると、そのアタッシュケースを手に取り、いま教室に入ってきて言語道断のセリフを吐いた大馬鹿野郎の眼鏡面に叩きこむ。たとえ生きのびていたとしても死体は銀歯をむしりとって鮫浦湾に放り捨てる。血まみれのアタッシュケースは北上川に投げ捨てる。
 これで終わりだ。
 ただまあもっとも、一億円など存在しない。あるところにはあろうとも現実はかくも非情である。
「どうやら人と人とがわかりあうなどとは、夢物語に過ぎないようだな」
「夢だから……みんなの願いだからこそ、どうしても叶えなければならないんだ!」
 アタッシュケースの有無にかかわらず、おれの拳はおれの顔面に叩きこまれた。
「鏡を使っておれのパンチを反射しただと!?」
「そしてこのフリーザは変身するたびにパワーがはるかに増す。そしてその変身をオレはあと二回も残している。この意味がわかるな?」
 おれは戦慄した。おそれおののいたのだ。
 鼻血がすごい。

 それはさておき(世紀末まであと九十年強という荒みきった時代のうねりの中では、このように無理がたたって道理がこじれるシチュエイションはさておかれるべき存在だろう)(いやあながちそうとも言い切れないのではないだろうか)(なんだと)(たしかに時代が大きく変動する時期というのはえてして政情不安に陥りやすく、悪鬼羅刹がはびこり人身の荒廃たるや目に余るものがありがちならせしめししこともなんありけるかもにや)(にゃ?)(だが)(だが?)おれの名前は堂島という。堂島ロール。
「今は世紀末ではない!」
 あまりに一直線な正論、悪しざまにののしれば陳腐な常識、杞憂のパラドクスを大々的に喧伝する輩は九割方うっとうしくて目ざわりだ。それはこの目の前の男においても例外ではない。
「今が世紀末ではないことぐらいわかっている。だから髪形をモヒカンにする必要も、三輪バギーの免許を取る必要もないぞ。火炎放射器が使いたければ危険物取扱いの資格を取れ」
 おれがやや冷徹にこう言ったところ男、樹氷ロマンはしきりにうなずいて納得したそぶりを見せたのもつかの間、やはり常識という理論武装を大上段に構えて当たり前のことを言い始める始末。
「火炎放射器に資格はいらん!」
 ガラガラガラガラガラガラガラガラ。部屋の入口の扉を開けて閉めて、それから開けてもひとつ閉める音が聞こえた。そしてもう一回同じ音。
「そんな昔のファミコンの裏ワザみてーなことやってもワープはできねーぞ」
「や、こんちゃロールちゃんとロマン。引き戸ってなんだか病みつきになるよね。そしてこんちはタルトくん。相変わらずだんまりかい?」
 新たな珍客は六花亭マルセイバターサンド。
 これに実は最初から部屋の中にいて本を読むふりをしていた一六タルト(冒頭の「これを一回だけ〜いいですよ」とはこいつのセリフだ)を合わせて四人。さらにロマンのまだ見ぬお嫁さんの総計五人で組織されるのが、第一高校第一生徒会である。

 そしてここは生徒会室。おれは生徒会長。ロマンが副会長(男)でマルセイバターサンドが副会長(女)、タルトは書記と会計と生徒総会の議長を務めている。ロマンの運命の人がついにその姿を現した場合は書記を引き継いでもらうことになるだろう。
 それにしても生徒会とは便利な言葉だ。趣味にしてもなんにしても、なんのつながりもないような連中でも、あっさりとひとくくりにしてしまえる大海原のようなふところの深さを誇っている。実に都合がいい。 「さてこの時期はいつも暇だが、なにかやることあるか?」
 生徒会室備えつけの冷蔵庫から一.五リットルのコカコーラを取り出して、机の上のマグカップに半分注いだ。炭酸が抜けていてうまい。
「ロマン、考えを述べてくれ」
「ぼくのおよめさ」
「六花亭。意見を」
「んー、そうさね……」
 不承不承といった感じで大儀そうに椅子から立ち上がったマルセイバターサンドであったが、長い付き合いのおれがその目を見れば一目瞭然、やりたいことがあってうずうずしているのがよくわかった。
「ん、うーんまあ、しいてあげるとするならだね」
 考え込むしぐさのついでに、上目づかいでちらちらおれの顔色をうかがっている。やだなあこれ、絶対ろくでもないことだ。
「ドミノ、なんかさ、いいんじゃないかなと思う」
「ドミノ倒しか」
 たしかにテレビなんかではよく二時間特番とかで、高校生が学校の敷地をフルに用いてドミノを並べたりしている。
「だがそれは文化祭にも匹敵するクラスの、学校全体で行うべき案件だ。放課後のちょっとした余興に楽しめる遊びではないだろ」
「でもロールちゃん。そうは言ってもほら」
 マルセイバターサンドが指さすその先、生徒会室前、リノリウムの廊下一面、ロマンがすでに二十メートルにわたってドミノ牌を敷き詰めていた。
 おれは笑った。危うくコーラが気管に入りそうになったが、必死でこらえて高笑いをあげた。
「ククク……面白い。どんな言葉だろうと安全圏から振りかざしているだけじゃあ、実際に行動する者の心は動かせないってことか。ならばッ!」
 足先で、ロマンが既に並べ終えたドミノを軽く小突く。
 叫び声をあげる暇もなく、必死で押しとどめようとするロマンの腕をすり抜けて、非情にもドミノはぱたぱたと終点まで倒れきっていった。
「勝負だ。生徒会長の全力をもって、おまえらのドミノ倒しを阻止させてもらおうじゃないか! ハーッハッハッハ!」
 とは言ったものの勝てる保証などどこを探してもありはしない。
 副会長である以前に、その大仰な名字にぴったりはまる、理事長の孫娘という怪しげなポジションを獲得しているマルセイバターサンドの背景には豊富な資金力がある。
 自称裏口入学のあの女にとって、プロの壁を雇ってこちらの妨害を阻止することなど、なんの躊躇もなくやってのけるだろう。
 スタート兼ゴールとして設定した生徒会室は、ジャンケンの末確保することに成功したものの、この部屋から一歩も出られなければ何の意味もない。扉の向こうにはすでにSPが待機しているのかもしれないのだ。
「あの」
 びっくりした。が、それにはおよばなかった。
 上下さかさまになった文庫本から目を離して、タルトがめずらしく向こうから声をかけてきただけだった。
「おおそうか。一六はおれについてくれるのか」
 一六は注視していなければわからないほどかすかに首を縦に動かした。
 これは心強い。その愛玩動物のようなこぢんまりした容姿と、母性本能をとろかすようなフェロモン的ななにかによって、男女問わずファンが大勢おり、学校の内外問わず親衛隊なるものまで結成されている一六タルトが味方になってくれるとなれば心強い。なにせ彼の御声をいただけるのならば、火中の栗を拾った勢いで丸呑みするほどの連中がごろごろいるのだ。資金面での難は人材でカバーできる。
 タルトの指がぱちん。時を開けずドアがノックされた。この叩き方は親衛隊ナンバー〇〇〇〇一三、桜餅クレープとナンバー〇〇〇〇〇九、三万石エキソンパイに違いない。
「なんと! 一桁ナンバーが動くとはな。それほどの事件ということか」
「御意。此度の戦は件の令嬢と申されますれば、某が出陣するより他はありませなんだあああああああああああ!?」
 こうして馬鹿正直に正面から入ってこようとした二人は黒人SPにどこかへ連れ去られていった。
「やつは一桁ナンバーの中でも一番の小物。親衛隊に入れたのが不思議なくらいのやつだったからな」
 こうしてクレープとエキソンパイの葬儀がしめやかに行われているころマルセイバターサンドたちの作業は滞りなく進み、ほどなくドミノ倒しが執行されるという段になった。
「やむをえん……一六! ここに三万ある。これでできるだけ高い牛肉を買ってきてくれ」
「けど外にはSPが」
「おっと、なんのための親衛隊だと思ってるんだい?」
「そうですよタルトさん。あなたのためならこの命、いくらでも捨てて見せますよ」
「タルト大団は不滅だ。なに心配いらない、すぐに戻るさ」
 喪服に身を包んだ三人の戦士、花パン、八朔ゼリー、焼酎スティラたちだ。ナンバーは省くが、いずれおとらぬ兵たちであることには間違いない。
「みんな……」
「さあ行ってください。俺達でSPを食い止めて見せます」
「ぬうん、ダイアモンドプラズマ!」
「くらえ、アトミックメテオフレア!」
「必殺、メギドウイング!」
「ちくしょぉおぉーーっ!」
 ただの高校生がプロにたちうちできるはずもなかったが、どうにかこうにか霜降り和牛八〇〇cは尊い犠牲の上に、一六タルトの手によってもたらされた。帰りはどうしたのかという疑問はたしかにある。こっそり入り込んだのかも、アフリカ出身の帰化組SPである鈴屋デラックスケーキが、前途ある若者をこれ以上その手にかけることにためらいを抱いたのかもしれない。そんなことはどうでもいい。
「それじゃ、すきやきをしよう。ホットプレートはもう温めてある」
「けど牛脂がありません」
「おっと、」
「そうですよ」
「タルト大団は」
 こうしてまた三人天に召された。ハレルヤ金長ゴールドとガリガリ君とKAGUYAHIMEの泉よ、君らのことは忘れない。
「すきやきをすれば、美味しそうなにおいにつられて、やつらも戻ってくるだろう」
 じゅーじゅーと肉の焼けるかぐわしい香り。校舎中に満たされるまで、そう長くはかかるまい。
 はたしてすぐにもくろみ通りに事が運んだ。
 ハーメルンの笛吹きみたいにふらふらふたりがおびき出されてきた。
「美味しそうなにおいがするぞ」
「しらたきと肉を並べてはいけない。なぜなら肉がかたくなってしまうからだ」
 ロマンもマルセイバターサンドも嬉しそうで何よりである。ポケットマネーをはたいた甲斐があるというものだ。
 と、そのとき乾いた破砕音が大気を震わせた。
 かまわず食事を続行する面々。
 おそらく銃声だったのだろうが、今日一日でもう八人も死んでいるというのに、いちいちその程度のことに驚いていたのでは体が持たない。
 ドミノの中で人影が倒れるのを見ておれはヒュウ、と口笛を吹いた。
「よし、なんやかんやあったが、これでドミノは終わりだな」
 九人目の犠牲者に哀悼の意をささげつつすき焼きに舌鼓を打つ。犯人は第二生徒会の連中だろう。あとでとっ捕まえてこなければ。
「だから言ったろ」
 おれはひとりごとのようにつぶやいた。

「放課後にドミノなんて無理なんだって」

 

                  おやつ

 

 

地方銘菓紹介

 第一高校第一生徒会
  第一高校に七つある生徒会の筆頭。学園
  内において無制限の権力を持つが、実質
  的な権限はここしか持っていないため、
  その座を狙う他の六つの生徒会と日夜戦
  いを繰り広げている。

・大阪:堂島ロール
 生徒会長。教師からの評判は高いが、生徒たちからは蛇蝎のごとく忌み嫌われている。

・山形:樹氷ロマン
 生徒会副会長(男)。女性のストライクゾーンは身長一三〇以下か一八〇以上。

・北海道:六花亭マルセイバターサンド
 生徒会副会長(女)。月々のお小遣いは十八万円。

・愛媛:一六タルト
 生徒会書記代行兼会計兼生徒総会議長。抱きしめればたやすく折れてしまいそうな儚さと、仲間の死にもめげずに堂々とおつかいを果たすほどの芯の強さとのギャップが魅力。

タルト大団(タタン)

・富山:桜餅クレープ
 親衛隊ナンバー〇〇〇〇一三。仲間内では『死神』と呼ばれ恐れられていた。

・福島:三万石エキソンパイ
 親衛隊ナンバー〇〇〇〇〇九。少年ジャンプを引きちぎるほどの握力を秘めていた。

・群馬:花パン
 親衛隊ナンバー〇〇〇三三三。キック力八トン。

・広島:八朔ゼリー
 親衛隊ナンバー〇〇〇九一三。パンチ力三トン。

・鹿児島:焼酎スティラ
 親衛隊ナンバー〇〇〇五五五。ジャンプ力三十五メートル。

・和歌山:鈴屋デラックスケーキ
 親衛隊ナンバー〇〇〇〇〇一(親衛隊長)。愛する者を守るためなら、鬼神のごとき強さを発揮するが、それ以外の人間の命などゴミクズほどにも思ってはいない。

・徳島:ハレルヤ金長ゴールド
 親衛隊ナンバー三三三九〇六。

・埼玉:ガリガリ君
 親衛隊ナンバー六六六六六六。

・岡山: KAGUYAHIMEの泉
 親衛隊ナンバー八二八八二八。

・山梨:甲斐浪漫ロール
 前世から約束されたロマンの恋人。身の丈三寸。

・千葉:千葉ミルフィーユ
 来世まで縛られたロマン魂の伴侶。身の丈三m。

登場人物紹介
 第一高校第二生徒会
  地元の名士四人、通称・桁外れの四名家
  の人間で構成される悪の組織。

・グーゴル・センティリオン
 大手ゼネコン企業の次男。ボクサーのライセンスを持っていることを自慢にしているが、ナンバーでいえば五万ぐらいの小物。

・涅槃寂静
 父親はオリンピックライフル射撃の金メダリスト。実銃を家から持ち出したことはとっくにバレているので実刑はまぬがれない。

・那由他不可思議
 地元大学学長の孫、市議の一人娘。

・神奈川:無量大数王鳩サブレー
 近隣一帯を取り仕切る大地主の孫。生徒会長。


作者:田中田 圭士


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